大会報告 The American Drama Society of Japan
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第19回大会

と  き 2002年6月29日(土)・30日(日)
と こ ろ キャンパスプラザ京都(〒600-8216 京都市下京区西洞院通塩小路下ル)
テーマ 「20世紀初頭の女性劇作家たち」

第1日 6月29日(土)

研究発表 司会  山本 俊一(立命館大学)

1.レイチェル・クロザース『男の世の中』のリアリズム 大森 裕二(中央大学 院生)

 パトリシア・R・シュローダーというアメリカの研究者は、クロザースの『男の世の中』を始めとして、女性劇作家による1910年代の幾つかの作品をリアリズム演劇として論じ、以下のように述べている。 "Using a realistic set, everyday characters, increasingly commonplace situations, and the linear logic of realism, the plays accurately depict and protest the barriers to achievement faced by women of the 1910s". シュローダーによって提供されている、細部にこだわった写実的な舞台装置、日常的な言葉を話す普通の登場人物たち、同時代の社会への批判的な関心、直線的論理的なプロットなどの諸特徴は、リアリズム演劇のそれとして我々にもお馴染みのものである。芸術形式としてリアリズムを高く評価していたクロザースの作品にも、こうしたいわゆる「リアリズム」の諸特徴は容易に見出せる。しかし同時に、多くのリアリズム演劇作品と同じように、クロザースの『男の世の中』にも、リアリズムに先行する劇形式の要素、すなわちウェル・メイド・プレイやメロドラマの要素が散見されるのである。この点を含め、ここでは『男の世の中』のリアリズムを少し詳しく吟味してみたい。

2.周縁から中心へ――スーザン・グラスペルのTriflesThe Verge 石田 愛(大阪外国語大学 院生)

 スーザン・グラスペルはユージーン・オニールと並んで、20世紀初頭、黎明期にあったアメリカ演劇を語る上で不可欠の女性劇作家である。彼女の代表作Triflesは1916年の作品で、男性達が二階にいる間に、女性達は台所の「ささいなもの」から殺人事件の真相を究明していく内容となっている。ジェンダーの視点から社会の周縁に置かれたものとして女性を捉え、被抑圧者が物事の真実を発見するという社会構造の転覆を図った作品と言える。また、1921年に書かれたThe Vergeは新種の植物を生み出そうとする女性を主人公にした作品である。彼女は家庭を顧みず、娘を拒絶し、夫や、愛人、プラトニックな関係を続ける恋人、の三人を翻弄する。彼女は神のような創造者たろうとして、全ての登場人物の上に立っているかのようにも伺える。
 1920年にアメリカ合衆国では憲法修正第19条が批准され、女性に参政権が認められた。この出来事をはさんで二つの作品を考察すると、Triflesでは男性に抑圧されている女性の姿を描き、The Vergeでは「新女性」が男性をその支配下にいれ、社会における男女の立場の逆転を描いたように捉えることもできる。しかし、The Vergeの主人公クレアの姿は勝利に酔いしれるそれとは異なっている。教育もあり、明らかに進歩的な女性であるクレアであるが、なぜ「全く新しいもの」をつくりだそうとしたのだろうか。孤独感に苛まれながら彼女が目指した世界とはどういったものなのだろうか。
 本発表では1920年の憲法修正を一つの起点として、これらの作品を社会の動きの中で捉え、比較、検討してみたいと思う。

3.Edna St. Vincent Millayの演劇試論 河野 賢司(九州産業大学)

 処女詩集「ルネサンス」で名声を確立したEdna St. Vincent Millay(1892-1950)は、女優や劇作家としても顕著な活躍を示している。入手できた演劇作品を上演順に概観し、その主題や技巧の変遷をたどりつつ、彼女の劇作の特色を考察したい。
 言及する予定の作品は以下の7作品。女子大在籍時の習作「王女は小姓と結婚する」(The Princess Marries the Page,1918)、Provincetown劇団が上演し、ミレイ自らが演出した反戦劇「アリア・ダ・カーポ」(Aria Da Capo,1920)、グリム童話に取材した「ランプとベル」(The Lamp and the Bell,1921)と道徳劇「二人のふしだら女と王」(Two Slatterns and a King,1921)、Deems Taylorのオペラ劇のlibrettoでメトロポリタン・オペラ・ハウスで上演された「王の腹心」(The King's Henchmen,1927)、Sacco & Vanzettiを支持したかどで逮捕されたのちの1930年代に反・独裁主義への傾向を強め、プラトンの哲学的対話を髣髴とさせる実験劇「真夜中の会話」(Conversation at Midnight,1937) 、そしてナチズムの暴虐を告発し、反ファシズム情宣文学との批判も受けたラジオ・ドラマ「リディツェの殺人」(Murder of Lidice,1942)である。



第2日 6月30日(日)

シンポジウム 「『劇作家』としてのSusan Glaspell」
司会・パネリスト 古木 圭子 (高知女子大学)
パネリスト 鬼頭 孝子 (中央大学 非常勤)
  貴志 雅之 (大阪外国語大学)
  市川 節子 (東京女学館大学)


 1909年に出版されたThe Glory of the Conquered以来、小説家、短編作家として創作活動を始めたSusan Glaspell(1876-1948)は、7篇の1幕劇と6篇の多幕劇を著している劇作家でもある。彼女は、Provincetown Players, the Civic Repertory Theatre, the Federal Theatre Projectとの関係を通じて、1910-20年代に、芸術としてのアメリカ演劇の繁栄に貢献した。しかし、ピューリツァー賞を受賞したAlison's House(1930)を最後に、劇作からは退いた形となっており、それ以降は小説家、短編作家としての道に戻ることとなる。他の多くの劇作家とは異なり、Broadwayでの成功を渇望せず、早い時期に劇作を断念したように見えるGlaspellであるが、彼女の戯曲は、その小説や短編作品に比べ、より自由に実験主義的手法を試みているように思われる。彼女の戯曲には、expressionism, symbolism, comedy, social criticism, feminismなどのあらゆる要素がみられ、劇作家としての彼女の多様性を示している。それは、彼女が商業的成功を目指すというよりは、新しい演劇形式を追求するProvincetown Playersという演劇集団との関わりの為、劇作家としてのプレッシャーをそれほど重く感じることがなかったためとも言える。そのような彼女の姿勢は、プロフェッショナルな劇作家としてのスタンスに欠けているという判断もできるのかもしれない。しかしまた別の面からみれば、劇作家としての商業的性功にこだわらず、自由に新しい演劇形式を模索したところに、アメリカ演劇への彼女の貢献度の大きさを見ることができるのではないだろうか.そのような観点から、本シンポジウムでは、小説家としてではなく、あくまで劇作家としてのGlaspellを観察し、彼女が劇作において何を試みたのかを明らかにしてゆきたい。
4名のパネリストが、それぞれの角度から「劇作家」としてのGlaspellが意図したものを検証する。取り扱う作品としては、C. W. E. Bigsby編によるPlays by Susan Glaspell所収の4作品、The Trifles, The Outside, The Verge, InheritorsおよびAlison's Houseを中心に論じる。鬼頭は、The Trifles, Alison's Houseを中心にGlaspellが敢えて主人公不在という方法を用いたことに触れ、それが、女性としての登場人物の自己表現法とどのように関わっているかを論じる。貴志は、The VergeのClaireを言及して使われる言葉「特異」、「奇怪」、「狂気」をキー・ワードに、反逆者/創造者という女性像を検討し、The Trifles, The OutsideからThe Vergeに至る女性像の変容の意味を論じ、これにより、Glaspell自身のジェンダー意識と劇作活動の関連性を考察する。古木は、Glaspell戯曲における「コメディ」としての要素に焦点を当て、The Vergeを中心として、形式としてのフェミニズムに対する批判としてGlaspell戯曲を解釈することを試みる。市川は、フェミニズムの視点から、一人の女性のプリミティブな母性と、もう一人の女性の静かな反骨精神が、二世代を超え、曾孫娘を果敢な行動へと駆り立てる様をほぼリアリスティックに描いたInheritorsを論じる。以上のような視点を通し、劇作家としての新たなるSusan Glaspell像を掘り起こすことができれば幸いである。 (古木 圭子)



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